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京都地方裁判所 昭和59年(ワ)1691号 判決 1985年10月07日

原告

金本良宣こと金永珍

右訴訟代理人弁護士

中尾誠

被告

株式会社京都福田

右代表者代表取締役

福田稔

右訴訟代理人弁護士

臼田和雄

木村五郎

主文

一  原告が被告に対し雇用契約上の地位を有することを確認する。

二  被告は原告に対し、金一八一万一一五〇円及び昭和五九年九月以降同六〇年三月までの間毎月二五日限り金一八万〇九二六円、同年四月以降毎月二五日限り金一九万一七二六円を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

五  この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が被告に対し雇用契約上の地位を有することを確認する。

2  被告は、原告に対し、金一九〇万〇四二四円及び昭和五九年九月以降同六〇年三月までの間毎月二五日限り金一八万〇九二六円、同年四月以降毎月二五日限り金一九万二九二六円の金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  第2項につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は生コンクリート製造販売等を目的とする株式会社であるところ、原告は、昭和五四年二月六日、被告に雇用された。

2  被告は、原告を昭和五九年四月一一日付で解雇したと称して、原告の雇用契約上の地位を争っている。

3(一)  右解雇直近である昭和五九年二月分から同年四月分までの原告の月平均賃金額は金一八万〇九二六円であり、被告における賃金支払方法は一五日締め二五日払いの定めである(因に、右四月分賃金は右解雇にかかわらず一か月分の計算で支払われている。)。

(二)  被告は、昭和六〇年四月、全従業員に対し、同月分賃金より次の計算式による定期昇給を実施した。

1万2000円(基本昇給額)×出勤率+査定分

なお、右出勤率(算出方法は被告の後記主張のとおり)は原告の場合一〇〇パーセントとするべきであるから、昭和六〇年四月分の賃金以降は、原告においても少なくとも月額一万二〇〇〇円の昇給があったものとして扱われるべきである。

(三)  被告は、昭和五九年七月上旬(同年夏季賞与)、同年一二月上旬(同年冬季賞与)、同六〇年七月上旬(同年夏季賞与)、全従業員に対し、いずれも次の計算式による賞与を支給した。

(基本給×係数+年功手当+家族手当)×出勤率+勤務評定分

なお、右計算式のうち、係数については昭和五九、六〇年の夏季賞与が各一・七、同五九年冬季賞与が二・二であり、出勤率(算出方法は被告の後記主張のとおり)については原告の場合いずれも一〇〇パーセントとするべきであり、また、勤務評定については、上限を五万円として一万円単位で支払われているものであり、少なくとも一万円の支給がなされるべきである。

以上に従い、原告においても支払を受けるべき(得べかりし)賞与額を算出すると、次のとおりとなる(因に、原告の家族手当は零である。)。

(1) 昭和五九年夏季賞与 金三五万四二四〇円

16万7200円(基本給)×1.7+6万円(年功手当)+1万円(勤務評定分)

(2) 同年冬季賞与 金四三万七八四〇円

16万7200円(基本給)×2.2+6万円(年功手当)+1万円(勤務評定分)

(3) 昭和六〇年夏季賞与 金三八万四六四〇円

17万9200円(基本給)×1.7+7万円(年功手当)+1万円(勤務評定分)

4  よって、原告が被告に対し雇用契約上の地位を有することの確認を求めるとともに、被告に対し、昭和五九年夏季、冬季、同六〇年夏季の各賞与と昭和五九年五月分から八月分までの賃金の合計金一九〇万〇四二四円及び同年九月以降昭和六〇年三月までは毎月二五日限り金一八万〇九二六円、同年四月以降毎月二五日限り金一九万二九二六円の賃金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2及び同3(一)の各事実は認める。

2  同3(二)のうち、被告が原告主張のとおり定期昇給を実施したことは認めるが、その余の主張は争う。なお、右にいう出勤率は、昭和五九年三月一六日から同六〇年三月一五日までの間を対象期間とし端数切捨ての一〇パーセント刻みで算出するものであるが、従前の定期昇給における出勤率を考慮すると、原告の場合多くとも九〇パーセントを超えないものとみるべきである。

3  同3(三)のうち、被告が原告主張のとおり各賞与を支給したこと、原告に各賞与が支給されるとすれば、その年功手当及び家族手当が原告主張のとおりになること及びその計数関係は認めるが、その余の主張は争う。なお、右にいう出勤率は、対象期間の出勤率を端数切捨ての五パーセント刻みで算出するものであるところ、昭和五九年夏季賞与については、昭和五八年一一月一六日より同五九年五月一五日までの対象期間中、同年四月一一日の解雇までに既に五日の欠勤をしているから、その出勤率が九五パーセントを超えることはないし、同年冬季、同六〇年夏季の賞与についても、従前の原告の出勤率からみて一〇〇パーセントなどということはありえない。また、勤務評定については下限は零であり(現に、原告の昭和五六年夏季賞与の勤務評定分は零である。)、原告主張の各賞与において原告の勤務評定をするとすれば、いずれも零である。

三  抗弁

1  被告は、原告に対し、昭和五九年四月一一日、就業規則二七条六、七号に基づき通常解雇する旨意思表示(以下「本件解雇」という。)をした。

2  本件解雇の理由は、次のとおりである。

(一) 原告は当時被告本社の総務部総務課の課員であったが、昭和五九年四月二日午前八時四〇分過ぎころ、被告本社六階ホールでの朝礼時に行われた人事異動の辞令発令式に際して、被告代表者から主任補佐への昇任辞令を受取り所定位置へ戻る途中、突然右辞令を破棄した(以下「本件非違行為」という。)。なお、右朝礼には、被告代表者及び総務部長以下の本社勤務者のほか、新入社員の配属発表も兼ねていたため一三名の新入社員も出席していたのであるが、原告の右行為はこれらの面前でなされたものである。

(二) 右朝礼終了直後の同日午前九時過ぎころ、早速、総務部長が原告を呼び出して話し合ったが、原告は、辞令破棄の理由につき「おもしろくないからだ。」と述べるとともに、右昇任辞令には従えない旨表明し、謝罪もせず、全く反省の色が窺えなかった。

(三) 被告の属する生コンクリート業界は不況業種として極めて厳しい経営環境下にあり、このような中で中小企業である被告が生き残るためには全社的な結束が不可欠であるため当時被告は毎年事業目的を設定するなどしてそのための努力を傾注していたところであり、また創業二〇周年目を迎える極めて重要な時期にも当たっていた。しかるに、本件非違行為はこのような重要な時期の、しかも一年の出発点に当たる大切な人事異動の辞令発令式において、新入社員を含む出席者の面前で公然と辞令を破棄したというものであり、原告が中小企業にあっては貴重な大学卒業者であり管理職要員であったことも考慮するとそれ自体極めて非常識な行為であるのみならず、これによって新入社員を中心に被告に対する不安感が拡がり、被告と社員間の信頼関係が破壊されるなどその悪影響は極めて大きなものがあった。また、右行為は、その後の原告の言動及び被告に当該辞令を返却した事実に照らしても被告の昇任辞令を拒否する意思を表明したものであることは明らかであり、原告はその後謝罪しようともしていない。

以上のとおり、本件非違行為は、被告の規律を紊乱し企業秩序を根底から破壊するものであるので、被告は、賞罰委員会に諮問したうえ、本件非違行為が就業規則二七条六号「正当な理由なく異動を拒んだとき」、同条七号「人格及び常識を著しく欠き、従業員としてふさわしくないとき」に該当するものとして本件解雇に及んだ。

3  なお、被告は、本件解雇の際、原告に対して退職金、解雇予告手当及び昭和五九年四月分賃金を支払ったが、原告はこれを異議なく受領したものであり、これにより、原告は本件解雇を合意又は承認したものである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は認める。

2  同2(一)の事実はおおむね認めるが、その評価は争う。

3  同2(二)の事実のうち、被告主張のころ原告が総務部長から呼ばれて話し合ったことは認めるが、その余の事実は否認する。

4  同2(三)のうち、原告が大学卒業者であること、破った辞令を被告に返却したこと、被告が賞罰委員会に諮ったうえ主張のとおりの理由で本件解雇をしたことは認めるが、その余の主張は争う。

なお、実情は次のとおりである。

(一) 被告においては従業員給与の銀行口座振込制度が導入されていたが、原告はかねてこれに対する同意を拒否していたところ、昭和五九年三月中旬ころ、総務部長から右同意と合わせて主任補佐への昇進の打診があり、この際も原告は口座振込に対する同意はできない旨返答した。すると、その後原告の昇進の話は全く出なくなり、同月三〇日には、原告は、総務課会議において主任補佐に他の同僚がなることに決まった旨聞かされたため、右のとおり原告が給与振込の同意を拒んだため自らの昇進が見送られたものと思い込んだ。

(二) ところが、朝礼時の人事異動の発表の際、原告は突然自分が主任補佐になったとの発表を聞き、このような人事異動のやり方に対するやりきれなさ等から発作的に辞令の一部を破ってしまったものであり、右行為は決して第三者に誇示するためにやったことではなく、いわば、自らのやり場のない気持の表現として自らに対して行ったものにすぎない。そして、その態様も、前方の被告の管理職からは見えない位置で、目立たない形で行われたにすぎず、「面前で」、「破棄した」というような表現は不適切である。事実、朝礼はその後混乱等もなく終了している。

(三) また、原告が辞令を破った際には昇進自体を拒否する意図などは全くなかったし、その後も、かかる行為をしてしまった以上昇進問題は被告に預けるしかないとの態度であったにすぎず、辞令を返却したのも被告総務部長の求めにより右のような考えから返却したものにすぎない。謝罪の点についても、総務部長との話し合いや賞罰委員会の事情聴取の際に再三謝罪をしているのはもちろん、被告代表者に対しても自発的に謝罪を申し出ている。

以上の点からして、本件非違行為が就業規則二七条六号「正当な理由なく異動を拒んだとき」、同条七号「人格及び常識を著しく欠き、従業員としてふさわしくないとき」のいずれにも該当しないことは明らかである。

5  同3のうち、本件解雇の際に原告が被告から退職金等を受領したことは認めるが、その余の主張は争う。

本件解雇の通告を受けた際、昭和五九年四月一四日までであれば依願退職を受け付ける旨の話があったこともあり、原告はどうしてよいか分からず一時これを預かったものの、同日、被告に対して退職の意思はない旨告げるとともに、右退職金等の返却を申し出たがこれを拒否されたものである(なお、その後供託しており、四月分賃金のみ後で受領した。)。

五  再抗弁

仮に本件非違行為が就業規則に該当するとしても、前記(四4の(一)ないし(三))のような事情のもとでは本件解雇は明らかに酷に失し、解雇権の濫用として無効である。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁は争う。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

一  請求原因1、2の各事実及び抗弁1の事実は当事者間に争いがない。

二  本件解雇の経緯

1  本件非違行為の概要、当該朝礼には被告代表者及び総務部長以下の本社勤務者のほか、新入社員の配属発表も兼ねていたため一三名の新入社員も出席していたこと、右朝礼終了直後総務部長が原告を呼び出して話し合ったこと、原告が大学卒業者であること、原告が被告に対して破った辞令を返却したこと、被告が賞罰委員会に諮ったうえで、本件非違行為が就業規則二七条六、七号に該当するものとして本件解雇に及んだこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

2  以上の当事者間に争いのない事実や、(証拠略)及び原告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

(一)  被告は、従業員約一二〇名前後で、生コンクリートの製造、販売を主力として営業する、中小企業とはいえ業界では中堅どころの会社であり、原告は、昭和五四年二月六日被告に大学卒業者として入社し、以来、本社総務部業務課、営業課を経て、昭和五八年四月同部総務課に配属されたものである。

(二)  被告は、昭和五六年ころから従業員給与の銀行口座振込制度を実施したが、原告外一名だけがこれに同意しなかったため、この二名には給与の直接払いをすることになったが、被告はその後も再三にわたって原告らに同意するよう勧めていた。なお、原告は、右振込制度に対する同意の問題で、上司の一人に「君の将来はないぞ。」と言われたこともあって、一時退職を考えたこともあった。

(三)  ところで、被告の属する総務部の秦総務部長(以下「秦部長」という。)は、昭和五九年の人事異動に際し、原告が大学卒業者であること等から、原告を準管理職である主任補佐に推挙することを考え、同年三月一〇日前後ころ、原告に対して心構えを聞くなどして、それとなく打診したうえ、その二、三日後には、原告に対し主任補佐に推薦したい旨話すとともに給与振込に同意しないかと尋ねた。これに対し原告は、給与振込については同意するつもりはない旨答えたが、昇進については、昇進するしないは別として今後も一生懸命やる旨答えた。一方、被告においては全取締役、部長らで構成される常務会で昇進問題が諮られるが、部長の推薦にもかかわらず原告の昇進問題は必ずしもはかばかしく進捗せず、同月二七日ころの常務会では、メンバーから原告の協調性に対する評価との関連で給与振込に対する同意の問題も出された。そこで、同日、秦部長は原告を呼び出して再度右同意の有無を確認したが、原告はこれを拒否した。そして、同月三〇日に至って、原告は、総務課会議の席上で岡田次長から同僚の元木が主任補佐に決まった旨聞いたが、その場で原告の話は全く出なかったため、右給与振込の同意拒否の問題で自分の昇進が見送られたものと思い込んだ。そこで原告は、心機一転の意味も兼ねて、同年四月一日の日曜日に出勤し、代わりに辞令の発令される同月二日は有給休暇を取ることにした。

(四)  ところが、実際には、原告の昇進問題は、秦部長の強い要請により同年三月三一日の常務会で同部長一任の形となり、これを受けて、原告を主任補佐にする決意をした同部長は、同日中に被告代表者(社長)の承諾をとるとともに、原告に右有給休暇を撤回させたが、その際、原告には昇進問題については話さなかった。

(五)  同年四月二日、秦部長は常務会の他のメンバーの了承も取り付け、本社六階での朝礼の席上、同部長から原告の主任補佐昇任を含めた昇任、異動及び新入社員一三名の配属部の発表を行なったが、原告は右発表で始めて結局自分が昇進したのを知って非常に意外に思った。そして、被告代表者から辞令を受け取って自分の所定位置に戻る途中、同日午前八時四〇分過ぎころ、突然、右辞令を二つに破り、これを折ってポケットにしまった(この際の位置関係は別図<略>記載のとおりである。)しかしながら、朝礼自体は、その後他の異動者の辞令交付、秦部長の被告二〇周年記念事業の話があり、表面上は混乱もなく終了した。

(六)  秦部長は、辞令交付者の呼び上げをしていたこともあって、本件非違行為には気付かなかったが、朝礼終了後他の管理者からそれを知らされて、午前九時過ぎころ、総務課に戻っていた原告を本社四階応接間に呼び出し、原告から事情聴取をしたが、その際、原告は、辞令を受け入れるか否かについては、辞令を破ってしまった以上、会社に預けるしかないとの態度であった。したがって、辞令についても貼り合わせたうえ、一旦被告に返すことを申し入れたが、同部長から拒絶された(もっとも、その後考え直した同部長の求めにより、原告は同月四日辞令を被告に返却している。)。なお、その後、原告は、本件解雇の日である同月一一日まで、従来通り勤務を続けている。

(七)  被告は、同月五日、賞罰委員会(諮問機関)を開催し、原告にも弁明の機会が与えられたが、その際、原告は辞令を破棄したことに対する謝罪をするとともに、主任補佐の辞令を受け入れるか否かの質問に対し、問題は秦部長に預けてあり、辞令を破ってしまった以上会社の判断にまかせる旨答えた。その後、賞罰委員会では原告に対する処分についての決議に移ったが、本件非違行為が就業規則上の懲戒事由及び通常解雇事由(二七条六、七号)に該当する旨決定されたものの、懲戒処分(就業規則七三条によれば、懲戒の種類は、譴責、減給、出勤停止、降格又は降給、懲戒解雇の五種類である。)の選択につき票が割れたため、再度議決を取ったうえ最終的に懲戒解雇相当との (ママ)決が得られたものの、懲戒解雇ではやゝ重過ぎるとの空気が大勢を占めていたため、付帯意見として、通常解雇とされたいとの意見が付けられた。

(八)  その後、原告は、同月六日、被告代表者(社長)に対し、自ら面接を申し込んで謝罪をしており、また、秦部長に呼ばれて数回やりとりをしているが、同部長から原告の昇進問題に触れられたことは全くなかった。そして、同月一一日に至って、常務会において正式に原告を通常解雇にする旨決定され、同部長からその旨原告に通告された。

以上の事実が認められ、(人証判断略)、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  就業規則該当性

1  本件解雇が懲戒目的の通常解雇であることは前記認定事実に照らしても明らかであるところ、就業規則所定の懲戒事由に当たる事実がある場合において、懲戒解雇に処することなく、普通解雇に処することは、たとえ懲戒の目的を有するとしても必ずしも許されないわけではなく、そのような場合に、普通解雇として解雇するには懲戒解雇の要件を備えている必要はなく、普通解雇の要件を備えていれば足りるものと解するのが相当である。しかして、就業規則所定の通常解雇事由に該当するか否かの判断に当たっては、その文言上の該当性のみでなく、当該非違行為が、客観的にみて、企業の円滑な維持、継続のためにはもはや当該従業員との労働契約を解除することもやむをえないと認められるほど重大なものであるか否かを検討することが必要であるというべきである。

2  右のような観点から、本件非違行為が被告主張の通常解雇事由に該当するか否かについて検討する。

(一)  まず、本件非違行為の動機は必ずしも明確ではないものの、前記認定の事実に原告本人尋問の結果を合わせ考慮すると、原告は、原告側からは二転三転して見えた原告の昇進人事の原因が、給与振込に対する同意問題や被告の時間外手当の扱い等について自分が従前から批判的意見を持っていたことにあると考えて感情的になり、発作的に辞令を破るという行為に及んだものと推認する他ない。そして、その態様は、前記認定の辞令を破った時期及び位置、破った後投棄するなどしておらず、これを折ってポケットにしまっていること等からして、少なくとも第三者に誇示するような形でなされたものではないものと認められ、その影響についても、(人証略)の証言からは新入社員を中心に被告に何か問題があるのではないかとの不安と動揺が生じたことが窺われるものの、本件非違行為は一瞬の出来事であり、右位置関係からその時点では気付かなかった人も多くいたものと推測され、事実、朝礼自体は一応混乱もなく終了しており、その後も格別具体的な業務上の支障が生じたことを窺わしめる証拠はない。また、原告はその後再三謝罪の意を表明してもいる。

ところで、被告が通常解雇事由として挙げる就業規則二七条七号(「人格及び常識を著しく欠き、従業員としてふさわしくないとき」)に該当するというためには、人格及び常識の欠如がある程度継続的に認められ、それが企業の円滑な維持、継続のためには当該従業員との労働契約の解除もやむなしと認められる程度に至っていることが必要であると解されるところ、本件非違行為自体が極めて非常識なものであることは否定できないにしても、右のような本件非違行為の動機、態様、影響、その後の対応等の事情、殊にそれが一時的、発作的になされたものにすぎないこと、及び後記のとおり、原告には遅刻が多かった点はあるが、本件全証拠によっても、従前の原告の勤務状況にはそれ以外に特段の問題があったとも認められないことをも考慮すれば、本件非違行為をもって、直ちに「人格及び常識を著しく欠き、従業員としてふさわしくないとき」に該当するということはできない。

(二)  次に、被告は、本件非違行為が就業規則二七条六号「正当な理由なく異動を拒んだとき」にも該当する旨主張するが、前記認定のとおり、原告は本件非違行為後、辞令を破ってしまった以上昇進の問題は会社に預け、その判断に従うほかないとの態度であったことが認められるし、他に本件非違行為等に際し原告に主任補佐昇進を拒否する意図があったことを窺わしめるに足りる証拠はないから、被告の右主張は採用できない。

(三)  もっとも、(証拠略)及び原告本人尋問の結果(ただし、後記措信しない部分を除く。)によれば、本件非違行為当時、被告は厳しい経営環境の中で毎年事業目的を設定するなどして管理職の養成強化、若手社員のレベルアップ等全社的な結束を図るための努力をしていた最中であり、また、創業二〇周年目を迎える被告にとっては重要な時期に当たっていたこと、原告は会社の顔的存在の総務課課員であり、また大学卒業者として管理職要員でもあって、一層の自重を要求される立場にあったこと、本件非違行為の直後に秦部長の事情聴取を受けた際、辞令を破った理由について「自分には自分の考えがあってやったことだ。」と述べるなど必ずしも誠意ある応対をしたとはいい難い面もあること、本件非違行為後の原告の謝罪には、辞令を破った点については悪かったというような一種の限定が付く等のこだわりがみられ、この点が被告の心証を害した面があること、辞令を破った理由についても、被告に対し最後まで明確にせず、返答を避けていること、原告の遅刻は相当多く、また、それを改善しようとする努力も十分ではなかったことが認められ、原告本人尋問中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして容易に採用し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

しかしながら、右のうち、秦部長との応対の点については、本件非違行為の直後のまだ興奮のさめない段階のものであり、謝罪の仕方については、原告は自分の昇進の経緯について十分に知り得る立場になく、一部こだわりが棄てられなかったとしても、その故をもって謝罪に値しないとまでいうことはできないし、他の点についても、いずれも前記判断を左右するに足りる事情とはいい難い。

(四)  してみると、本件解雇は就業規則所定の解雇事由を欠くものとして、無効である。

四  解雇の合意又は承認について

1  本件解雇に際し原告が被告から退職金、解雇予告手当及び四月分賃金を受領したことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実や(証拠略)及び原告本人尋問の結果によれば、昭和五九年四月一一日、秦部長から原告に対し本件解雇が通告されたが、その際、秦部長は三日以内なら依願退職も受け付ける旨述べるとともに、退職手当、解雇予告手当及び四月分賃金を封筒に入れて原告に渡し、原告はこれを受領し受領証に押印したこと、原告は三日の期限内である同月一四日、秦部長に面会し、退職又は解雇は受け入れ難いとして就労を願い出るとともに、開封していない右退職金等の返却を申し出たが、同部長はこれを拒絶したこと、そこで、原告は同月二四日右退職金等を供託したこと(ただし、四月分賃金のみはその後受領している。)が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

2  ところで、被告の主張する解雇の合意又は承認の意味は必ずしも明確でないものの、要するに、原告は退職金等を受領したことによって解雇を争わない意思の表明(訴権の放棄又は不起訴の合意)をしたものであるか、雇用契約の合意解約の意思表示をしたものであるというにあると解されるが、前記認定の経緯、殊に原告は退職金等を受領した三日後には退職又は解雇を受け入れない旨明言していること、その間退職金等を開封しておらず、その返却を申し出てこれを拒絶されるやいずれも供託していること等の事情に照らせば、原告が退職金を受領したという一事で、当然に解雇を争わない旨の意思表示をしたとか、合意解約の意思表示をしたものと認めることはできないから、被告の右主張は採用できない。

五  賃金の請求について

1  本件解雇直近の昭和五九年二月分から同年四月分までの三か月間の原告の月平均賃金額が金一八万〇九二六円であること、被告における賃金支払方法が一五日締め二五日払いの定めであること、被告が本件解雇後である昭和六〇年四月全従業員に対して一万二〇〇〇円(基本昇給額)×出勤率+査定分の計算式による定期昇給を実施したこと、被告が本件解雇後である昭和五九年七月上旬(同年夏季賞与)、同年一二月上旬(同年冬季賞与)、同六〇年七月上旬(同年夏季賞与)の三回にわたり、全従業員に対し(基本給×係数+年功手当+家族手当)×出勤率+勤務評定分の計算式による賞与を支給したこと、右の係数については昭和五九、六〇年の夏季賞与が各一・七、同五九年冬季賞与が二・二であり、原告に各賞与が支給されるとすれば、その年功手当は昭和五九年の夏季、冬季賞与が各六万円、同六〇年夏季賞与が七万円、家族手当がいずれも零となること、当初の基本給額が一六万七、二〇〇円であること、出勤率は、昭和六〇年四月の定期昇給では対象期間中の出勤率を端数切捨ての一〇パーセント刻みで算出したものであり、各賞与ではこれを端数切捨ての五パーセント刻みで算出したものであることは当事者間に争いがない。

2  本件解雇が無効であることは前示のとおりであるから、原告は、昭和五九年四月一六日以降(同年四月分賃金が同月一五日までの一か月の計算で支払われていることは当事者間に争いがない。)の賃金請求権を失わず、その月額は本件解雇直近の昭和五九年二月分から同年四月分までの三か月間の原告の月平均賃金額金一八万〇九二六円と認めるのが相当である。しかして、定期昇給分、昭和五九年夏季、冬季賞与、同六〇年夏季賞与については別途の考慮を要するところ、(証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、これらは賃金規定一四条一項「昇給は原則として年一回行なう。」、同規定一八条「賞与は会社の業績(各決算期の)によって原則として年二回従業員に対し支給する。」旨の定めに基づき、常務会で定められた支給基準に従って支給されるものであって、労働協約によるものではないことが認められることに照らせば、原告は、これらを支給する旨の被告の意思表示なくして当然に右定期昇給分等の請求権を有するものではなく、むしろ、本件解雇が無効である以上、被告は、原告についても他の従業員と同様右支給の意思表示をすべきものとして、債務不履行による損害賠償としてこれを請求しうるものと解するのが相当である。

そこで、定期昇給等についての原告の得べかりし利益についてみるに、出勤率については、(証拠略)及び弁論の全趣旨から窺われる従前賞与における出勤率及び従前の出勤状況等に照らし、定期昇給は九〇パーセント、各賞与は九五パーセントと認めるのが相当であり、これを前記争いのない各計算式等と合わせて計算すると、それぞれ別紙計算式のとおりになる(勤務評定分及び査定分については、得べかりし利益算定の基礎とすべき最低査定額又は他従業員の平均査定額を認めるに足りる証拠がないから、これを除外した。)。

六  以上の次第で、原告の本訴請求は、原告が被告に対し、雇用契約上の地位を有することの確認と、昭和五九年五月分から八月分の賃金及び同年夏季、冬季賞与、同六〇年夏季賞与の合計金一八一万一一五〇円及び昭和五九年九月以降同六〇年三月までの間毎月二五日限り金一八万〇九二六円、同年四月以降毎月二五日限り金一九万一七二六円の賃金の支払を求める限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書を、仮執行の宣言について同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小野洋一)

計算式

一 定期昇給

1万2000円(基本昇給額)×0.9=1万0800円

二(1) 昭和59年夏季賞与

(16万7200円×1.7+6万円)×0.95=32万7028円

(2) 同年冬季賞与

(16万7200円×2.2+6万円)×0.95=40万6448円

(3) 昭和60年夏季賞与

{(16万7200円+1万0800円)×1.7+7万円}×0.95=35万3970円

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